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with a sigh

"I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes"

親心子不知

今週新しい電子カルテシステムの運用が始まった。当院では電子カルテは結構古くから導入されていたのだが、往診には紙カルテを用いており帰院してから電子カルテに入力するという手間があったのだ。そこに電カルシステムが導入され・・・

 

医師と看護師がノートパソコンとデータ通信端末を持って往診先に出向く。往診先でも電子カルテを直接に操作できるようになったのだから、データも閲覧でき るし、カルテ処理もコレまでのように紙に記載し帰院してデーターを再入力という手間も省ける。便利になったものだー・・・と思っていたら、、、不便なのは

 

田舎の通信環境!

 

結構、僻地を転々と回るのでしょっちゅう接続が切断されるのだ。通信自体も喪失するし、当然リモート接続の喪失もたびたび起こる。こうなるとちょっとパソコンの、ネットワークの知識がないと、再接続がままならないという、、、デジタル・スキルの不便もあって、一応システム担当もしている僕が、今週は毎日往診に同行しているのだった。とにかくネットワーク環境の乏しさに愕然とする。一体「人口カバー率○○%」というのはどこの国の話だろうかと愕然とするほど、、、ちなみに今騒がれてるA社じゃないよ、、、ここらの人口は勘定に入らないらしいw

 

ま。そういう愚痴もほどほどにして本題に入る。往診先の患者さんと言えば、いわば通院がままならない「寝たきり」状態の患者さん達。相当な、いや圧倒的な、高齢者が多い。中には来年で100歳だからそれまではガンバルとか、、、いや100歳は決してGOALじゃないからね^^;

 

当然その介護をしているのは娘、孫ということになるのだが、娘や孫であってももう結構な年齢なのであった。そんな家庭に出向いて先の「来年100歳」のおばあちゃんが言うのは・・・

 

「恥ずかし、恥ずかし、、、100歳になるなんて」

 

というのを、少女が20歳を、30歳を、40歳を、、、なんらかの節目の年齢を超えるときの口調で語るのだ。幾つになっても女性にとって年をとるというのは同じことのようで、そのつやつやの頬を少し赤く染めつつ、とつとつと語る。口調はしっかりしてるし、実際バイタルも安定しており『健康』そのものであった。大事なく診察も終わり帰ろうとする頃、彼女が先生にこうお願いする・・・

 

「100歳にもなってしまうのは悪いと思うけれども

 それでも、もう1年、もう1年、と生きるかぎり生きていきたい

 自分の身は恥ずかしくてもいいのだけど

 子どものことが心配だから。死ぬわけにいかないんだ」

 

先にも言ったが、「来年100歳」のおばあちゃんの娘さんだって、もう相当な年齢であるのだ。その娘さんが抱えているのは親だけではなく、自らの病いもそれなりに抱えている。そして「寝たきり」状態の彼女は、親としてそんな子どもの状態を心配するのだった。ひょっとしたら「来年100歳」の母親は娘のことを看取ってやらねば、とココロに決めているのではないかと思うくらい、、、僕の錯覚だろうと思うが、、、母というのはそれほどにまで子を思うものなのか

 

(_ _)ゴメソ。割と早くに母を亡くした僕には想像がつかないや